戯言シリーズ †
メフィスト賞作家、西尾維新の戯言シリーズ!
ヒロインさんが「うにー」と言い出したりメイドさんがやたら多かったりするのも表面的な意味でライトノベル的ですけど、その辺は読書に不自由な人が拒否反応を示す程度の趣味の問題で、あまり大したことではないと思います。(マーケティングとか萌えとか言い出すと重要な問題になるのかもしれませんけど、私はそういうのよく分かりません)
良くぞ言った!!「キャラクターの立て方がアザトイ」という批判はどういう過程を経て導かれたかが肝。分析読書の第一段階の積極的受動に失敗した奴らの批判だとしたら、批判されるべきなのは「読書に不自由な彼ら」であり、決して戯言シリーズではない。一方、しっかりと第一段階を消化し第二段階の積極的攻撃の段階で導かれた批判ならば、極めて正当である。しかし、それがこの作品の評価を著しく貶めることになるか、と問われれば、僕は「否」と答える。
戯言シリーズはただのキャラクター小説ではない。キャラクターというガジェットは散りばめられているが、物語の根幹にあるのは哲学であり、生き様だと思っている。表層に具現化された仮称事象に惑わされることすらできない輩は読書レベルを上げてから出なおしてきなさい!
Review Index †
- クビキリサイクル―青色サヴァンと戯言遣い 【書評】
- クビシメロマンチスト―人間失格・零崎人識 【書評】
- クビツリハイスクール―戯言遣いの弟子 【書評】
- サイコロジカル〈上〉兎吊木垓輔の戯言殺し 【書評】
- サイコロジカル〈下〉曳かれ者の小唄 【書評】
- ヒトクイマジカル―殺戮奇術の匂宮兄妹 【書評】
- ネコソギラジカル (上) 十三階段 【書評】
- 零崎双識の人間試験 【書評】
- ネコソギラジカル (中) 赤き征裁VS.橙なる種 【書評】
- ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言遣い 【書評】
Overall Review【ネタバレ】 †
西尾維新の作品は「記号しかない」「記号に定義された意味だけが動いている」「意味なんて無い」などなど、記号の権化として評されることが多いように思われる。僕が思うに、西尾維新の物語にはある≪倒錯≫が起きているように感じられる。
「キャラクターという記号は物語に裏打ちされてこそ存在できる」というのが(かなり大雑把だが)大塚英志などが主張する文学である。言いかえれば、ストーリーの中から生まれてくるキャラクターが紡ぐ物語が本来の型であるということだ。
しかし、西尾維新の作品は小論文をでっち上げる様に書かれている。つまり、キャラクターありきのストーリーテリングだということだ。大塚は*1この現象を西尾が属するメフィスト系作家という集団に見い出しているようだ。これは自身の作品に対してメタ的過ぎることによるものではないか、と大塚は分析する。
メタ的過ぎることによって、全てがただの記号と化す。つまり、「物語を構成するための記号であったキャラクターという記号」という対応関係が倒錯し、「キャラクターが定義する記号を記号たらしめるための記号として物語が位置付けられている」のではないだろうか?
そうだとするならば、ネコソギラジカルでモノ語りは本当に終わってしまったのだ。いや、別の者へと変容してしまったというべきだろうか。記号としての意味が変容してしまったいーちゃんと玖渚友は、以前の物語にもどることは決してできない。彼らは<既に終わってしまった世界>から追放されてしまったのだ――真の終わりだ。
偽善者ぶった偽悪者たちの物語……人外のモノ達のストーリーは終焉の物語に回収されてしまった。キャラクターとストーリーが際限なく循環し続ける……始まってしまった終わらない物語は収まってしまった。そういう意味において、戯言シリーズは最悪のバッドエンド。だけど、そのオワリこそが終わってしまった彼らの希望であり、始まる前に終わってしまったハッピーエンドのハジマリなのかもしれない。
Comments †
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